2017/11/11
現在、わが国の市場にはクム産のシルク絨毯をコピーした他産地の廉価品が溢れています。こうしたコピー品を産出しているのはイラン北西部にあるザンジャンとマラゲ。いずれの町もクムからは遥かに離れており、クム・シルクとして販売するよりもタブリーズ・シルクとする方がまだ理解できるほどです。その他、マラゲに近いボナムでもクム・シルクのコピー品が製作されていますが、マラゲ産とボナム産は区別がつかないためマラゲ産と同一のものとして扱われるのが通常。これらのコピー品は本来のクム産とは異なる「トルコ結び」を用いて製作されています(ただし最近のクムでは製作期間を短縮するため、トルコ結びを用いた作品が増えています)。また、クムで不要となった下絵を用いて製作されるため、一昔前のクム・シルクのデザインが主流です。「ゲルド」とよばれる円形の絨毯は、そのほとんどがマラゲ産。「ベイジー」とよばれる楕円形の絨毯についても同様です。
ザンジャンは昔からビジャー産に似た質の高いウール絨毯を産出しており、それゆえ最近ではクム・シルクに迫るほどのものも製作されるようになってきました。しかし、マラゲ産についてはいまだ本物に大きく劣るのが実際。マラゲでは絹糸(けんし)ではなく「絹紡糸」(けんぼうし)が使用されていると言われます。絹糸は繭糸を撚り合わせた生糸を更に撚り合わせたもの。この生糸を作る際に糸の切れ端が出るのですが、この切れ端や生糸を取り終わった後の残り繭、品質の落ちる中級・下級繭などを綿(わた)状にして紡いだものが絹紡糸(スパン・シルクまたはクズ・シルクとも)です。蚕が吐き出す糸は1,000m前後の長さがありますから、絹糸は当然、長繊維。しかし絹紡糸は短繊維です。「絹100%」ではあるものの、絹ならではの光沢が少なく肌触りも劣ります。そのため値段は絹糸の半分以下。絹紡糸の多くは中国で生産されています。
また、パイル糸の染色には安価な中国製染料が使用されていると言われ、マラゲにおける染色を実際に目にした日本人の絨毯クリーニング業者によると「とても染色とよべるものではなかった」とのことです。事実、マラゲ産には色についてのトラブルがつきもので、色落ちしやすく焼けやすいのは間違いないでしょう。
これらのコピー品にはクムの有名工房の銘が付されている場合がほとんどですが、ザンジャンやマラゲに工房はありません。銘はすべて絨毯商が後から勝手に付け加えたものです。よく見かけるものとしては、付け加えるのが容易な「エラミ」「アフマディ」「ババイ」「ムサヴィ」「モハンマディ」「ラザヴィ」や、日本では人気の「ジャムシディ」「マスミ」「ラジャビアン」など。すべて本物の銘とは異なるデザインです。
こうしたコピー品について「最終の洗いをクムでやっているので、クム・シルクで間違いない」としているサイトがあるようです。しかし「生産地の表示を偽る行為は、不正競争防止法が制定される以前から違法とされていた不正競争の類型であり、さらに近年の同法の改正では、生産地の誤認表示も不正競争類型とされており、商品名に付せられた地名が、生産地ではなく流通機構の地名であることが消費者に対して徹底されなければ、誤認表示と受け止められるので、やはり産地偽装にあたると言わなくてはならない」(出典:Wikipedia)のです。
ザンジャン・シルクやマラゲ産については、生産地ではなく流通機構の地名であることが消費者に対して徹底されているとはとても言えないでしょう。とすれば、これらのコピー品をクム・シルクとして販売することは産地偽装であることは明白。「違法行為」そのものなのです。これはよその港で水揚されたアジやサバを佐賀関に持ち込み、「最終の箱詰めを佐賀関で行っているので関アジ・関サバで間違いない」と言うのと同じこと。ちなみに不正競争防止法違反は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処せられます。
これらのコピー品が拡大した背景には、わが国の絨毯業者の影響が多分にあったことは事実でしょう。手前勝手な主張をする前に、当該絨毯業者にはそうした現実を一度よく考えてもらいたいものです。
画像:上から
・ザンジャンとマラゲの位置
・ザンジャンで製作されたクム・シルクのコピー品
・同上
・同上
・マラゲで製作されたクム・シルクのコピー品
・同上
・同上
・ザンジャン・ウール
・色落ちしたマラゲ産
・ザンジャン・シルクに後付けされた「クム・ラザヴィ」の銘
・マラゲ産に後付けされた「クム・モハンマディ」の銘