ビジャー

イラン北西部クルディスタン州にあるビジャー郡の郡都。

標高1,940メートルに位置するこの町は「イランの屋根」と呼ばれています。

人口は約5万人で、住民の大半がクルド人。

主に町の北側にはハリバイ族が、南側にはギャッルース族が暮らしていますが、町は古来ギャッルース族の勢力下にあり、かつてはビジャー・ギャッルースと呼ばれていました。

ビジャーはクルド語で「町」を意味するバジャールから派生した名です。

メディア王国の時代には既に近郊に城塞が築かれていますが、文献に登場するのはサファヴィー朝のイスマイル1世の時代からで、町となったのは19世紀に入ってからのことでした。

クルディスタンの要衝として、第一次世界大戦中は英露、トルコの争奪戦の舞台になります。

1918年には飢饉に襲われ、町の人口は2万人にまで激減しました。

なお、ビジャー郊外にはサファビー朝による強制移住を免れたアフシャルの子孫たちが暮らしています。

第一次大戦時イラン北西部に進駐したロシア軍

ビジャー絨毯は「ビジャー・クルディ」と「アフシャル・ビジャー」とに分けられます。

ビジャー・クルディはクルドのギャッルース族とハリバイ族が製作するもので、古い作品にはアラベスク文様やハルチャンギ文様、ゴル・ファランギ文様など様々なデザインがありますが、新しいものはヘラティ文様のほか、俗に「ローズ・ビジャー」と呼ばれる赤い薔薇の花をあしらった作品が主流。

縦横糸には木綿が用いられますが、アンティークにはウールを使用したものもあります。

  

ビジャー・クルディ

アフシャル・ビジャーは郊外のアフシャルが製作するきわめて緻密な織りの絨毯で、ビジャー絨毯の最高級品。

六角形のメダリオンを配したヘラティ文様が主流ですが、タブリーズ風の曲線的なメダリオン・コーナーやオールオーバーの作品も見かけます。

ビジャー・クルディ、アフシャル・ビジャーともに特筆すべきはその重さと頑強さ。

「鉄の絨毯」とも形容される丈夫さの秘密は、水に浸した横糸を特殊な道具を用いて打ち込んでゆくことにあります。

理由を3本の横糸を縦糸に絡めるトリプル・ウェフトによるものとの説明を目にすることがありますが、アンティークをも含めビジャー絨毯の横糸はダブル・ウェフトが一般的。

染色にしても最近はクローム染料を使用するのが一般的です。

ビジャー絨毯はすべてノットはトルコ結び。

アフシャル・ビジャー

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