ホイ

ホイはイラン北西部の西アゼルバイジャン州にあるホイ郡の郡都で、人口約20万人。

住民の多くはアゼルバイジャン人ですが、少数のイラン人とクルド人がいます。

ウルミア湖の北に位置し、果物、穀物、木材の生産が盛ん。

「ひまわりの町」の愛称で呼ばれるこの町は、かつて塩鉱山があったため、シルクロードの拠点となっていました。

町の歴史は3000年前にまで遡ると言われ、アルケサス朝パルティアの時代には帝国への玄関口として栄えたと伝えられます。

その後、多くのアルメニア人が入植しアルメニア教会の拠点の一つになりました。

1210年にジョージアに占領された後、14世紀にはホイと呼ばれるようになったと言われます。

1724年にはコンスタンチノープル条約によりオスマン・トルコに割譲されますが、ダンブリー・アゼリ一族の下で自治を成長させながら、ザンド朝の時代にはイランに帰依しました。

1828年のトルクメニスタン条約(1828年)により、アルメニア人はアラス川の北に移住します。

1910年、オスマン・トルコにより再び占領されるものの、トルコ人は1911年までにロシア軍により追放され、以後ホイはロシア軍の駐屯地が置かれます。

第二次世界大戦中は1946年まで残ったソビエト軍によって再び占領されました。

マハルザン教会

ホイにおける絨毯製作は19世紀後半に始まります。

かつてはタブリーズ絨毯に似た花文様が主流でしたが、最近では「リズ・マヒ」とよばれる細やかなヘラティ文様の絨毯を製作していて、ホイの絨毯バザールは隅から隅までこの文様の絨毯で占められるようになりました。

現在タブリーズで製作されているのは縦糸に絹を使用した高級品のみで、50ラジ以下のヘラティ文様の絨毯はすべてホイで製作されています。

トルコ結び、ダブル・ウェフト。

 

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