ペルシャ絨毯産地20【カズビン】

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ガズビンはイラン北西部カズビン州の州都。

アルボルズ山脈の南裾、標高1800メートルに位置し、古来テヘランとカスピ海沿岸や西部の高原地帯とを結ぶ交通の要衝となってきました。

町の歴史はササン朝期にまで遡り、250年にシャープール2世によって建設された要塞「シャード・シャープール」がその起源と言われます。

町は644年のアラブ軍の侵攻により陥落した後、11世紀末から13世紀までは郊外のアラムート城を拠点にイスラム教シーア派の分派イスマイル派から分かれたニザール派が独立政権を置いていました。

ニザール派はアサシン教団とも呼ばれ、指導者であったハサン・サッバーフはアラムート城からセルジュク朝の要人暗殺を指示したと伝えられます。

英語で暗殺者を意味する「アサシン」はこの教団が信者の洗脳に使用されたとされるハシシ(大麻)が語源。

13世紀、蒙古軍により町は破壊されますが、1548年、サファヴィー朝初代君主イスマイル1世は首都をタブリーズからカズヴィンに移し、第5代君主アッバス1世により1598年にイスファハンに遷都するまで都として栄えました。

両世界大戦期にはロシアの占領下に置かれ、また1921年にはパフラヴィー朝成立のきっかけとなるペルシャ・クーデターの発火点となります。

アラムート城址

カズヴィンでは20世紀初頭に絨毯製作が始まりました。

カシャーン産やサルーク産によく似たデザインですが、第二次世界大戦後は米国に向けたケルマン風のプレイン・デザインの作品が製作されるようになります。

しかし、町が工業化されるにつれ生産量は減少し、1960年代に生産を終えました。

1930年頃までに製作されたものはきわめて高品質ながら、それ以降の作品は品質がやや劣ります。

カズビン絨毯はトルコ結びで製作されているため、ノットを見ればカシャーン産やサルーク産との判別は容易。

ダブル・ウェフトの構造です。

 

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