カシャーン

イラン中央部、イスファハン州にある町で、人口は約40万人。

カビール砂漠の西端に位置するオアシス都市で、町の周辺には「カナート」と呼ばれる灌漑用の地下水路を見ることができます。

古来、織物や陶器、タイルなどの手工芸が盛んで、ローズ・ウォーターの産地としても有名。

この地域には先史時代から人が住んでいたと言われ、西4キロにあるシアルクにはその痕跡が残されています。

セルジュク朝の時代には城塞が築かれ、テヘランの南に位置するレイとともに陶器や彩釉タイルの産地として名を知られるようになりました。

サファヴィー朝の時代になると宮廷の保養地となり、とりわけ第5代君主であったアッバス1世は、近郊のフィンに庭園を造営し、この町に埋蔵されることを望んだと言われます。

遺言どおりアッバス1世の遺体は、町中に建てられたハビーブ・エブネ・ムーサー廟に安置されました。

フィーン庭園

ちなみにフィーン庭園はイラン近代化の祖、アミール・カビール(ミールザ・タギー・ハーン)が暗殺された場所であることから「アミール・カビール庭園」とも呼ばれています。

アミール・カビールはカジャール朝第4代君主であったナセル・ウッディン・シャーの下で「上からの改革」を進めますが、シャーは彼を更迭。

カシャーンに隔離された後、シャーの使いによりフィン庭園の浴室で殺害されました。

アミール・カビール(1805~1852年)

カシャーンはサファヴィー朝の時代に織物業が盛んになったと言われます。

ロンドンのビクトリア・アンド・アルバート博物館に収蔵されているサファビー朝時代の大作「アルデビル絨毯」(1539-40年作)も、作者であるマクスド・カシャーニが同地の出身であることや当時の時代背景から、カシャーンで製作されたとする説があります。

カシャーンにおける絨毯産業は1722年のサファヴィー朝の滅亡以来、途絶したものの19世紀末に復興し、カシャーン産絨毯は20世紀初頭には、それまでのケルマン産絨毯にとってかわり高級絨毯の代名詞といわれるまでになりました。

復興期にはパイルに輸入品のメリノ・ウールを使用した、いわゆる「マンチェスター・カシャーン」や、サファヴィー朝期のポロネーズ絨毯を再現したシルクと金銀糸による「スフ」(レイズド・シルク)の作品など、多彩な作品が登場しています。

スフの技法を用いたシルク絨毯

しかし第二次世界大戦で欧州が戦場になり輸出が低迷したことをきっかけに徐々に品質が低下し、トップの座を近くに位置するイスファハンに奪われてしまいました。

1970年代に入ると原油価格の高騰に伴う富裕層の増加により国内需要が急増。

以後カシャーンでは実用品に近い作品が大半となります。

今日カシャーンにはイスファハンニアンをはじめとするいくつかの工房が存続しており、シルク絨毯も製作されています。

 

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