トライバルラグ産地1【アフシャル】

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アフシャルはカシュガイやトルクメン同様、中央アジアの遊牧民族であったオグズを起源に持つとされます。

もとはアゼルバイジャン地方にいましたが、のちにサファヴィー朝の初代君主となる神秘教団の指導者イスマイルに従い、キジルバシュに参加。

サファヴィー朝の成立に貢献します。

キジルバシュ

しかし、その後キジルバシュは部族間で争いを繰り返しため、頭を痛めた第2代君主のタハマスプ1世はアフシャルを南部のケルマン地方へと追放。

その後、第5代君主アッバス1世の時代にもマザンダラン地方やホラサン地方に強制移住させられました。

18世紀になるとアフシャル部族連合に属するキルクルー族出身とも伝えられるナーディルに率いられて猛威を振るいます。

1736年にナーディルは「ナーディル ・シャー」を名乗ってアフシャル朝を興しますが、彼はアフシャルを更にアナトリアに追放。

1747年、ナーディル ・シャーはクルドの反乱を鎮圧に向かう途上、アフシャル出身の軍人に暗殺されました。

アフシャルのハーン

 

■居住地域

現在、アフシャルの居住地域はイランでは北西部クルディスタン州のビジャー周辺、北東部ラザヴィー・ホラサン州のクチャン周辺及び中南部ケルマン州のジルジャン、シャハレババク、ラフサンジャン周辺。

トルコでは中央部カイセリ県のサルズ、トマルザ、プナルバシュ周辺。

アゼルバイジャン共和国ではバクー周辺です。

いまではほとんどが定住化もしくは半定住化しており、遊牧生活を営んでいる世帯はごく僅かです。

アフシャルの遊牧民

 

■絨毯

アフシャル絨毯は「ケルマン・アフシャル」と「アフシャル・ビジャー」とに大別されます。

ケルマン・アフシャルはケルマン地方のアフシャルが製作する絨毯。

デザインのヴァリエーションは実に様々で、そのうちのボテ(ペイズリー)文様についてはアフシャルが最初に絨毯に用いたとする研究家がいます。

アフシャル絨毯にはこのボテのほか、花瓶文様やラーレ(チューリップ)文様、「ゴル・ファランギ」(ヨーロッパの花)とよばれる花束文様などを連続させたオールオーヴァーのものが多く見られますが、イラン南部の他部族の絨毯によくある菱形のメダリオンを並べたデザインも有名です。

 

アフシャル・ビジャーは、サファヴィー朝からアフシャル朝にかけての強制移住を逃れてイラン北西部に留まったアフシャルの子孫が製作している絨毯で、ビジャー北方のタカブとブカンはその産地として知られています。

これらの村々ではサファヴィー朝時代から絨毯が製作されてきたとされますが、19世紀以降に製作されたものの多くがヘラティ文様の絨毯。

イランでは「マヒ」(魚の意)とよばれるヘラティ文様はこの地を起源とするとした説があるものの、アフシャル朝のナディール・シャーが移住させたホラサン地方の絨毯職人が伝えたとする説の方が有力です。

アフシャル・ビジャーはビジャー絨毯の最高級品として高い評価を受けています。

アフシャル・ビジャー

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