トライバルラグ産地11【ルリ】

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【概説】

イラン中西部のルリスタン州、チャハルマハル・バクチアリ州、クーフギール・ブーエル・アフマド州を中心に、ハマダン州、フゼスタン州、イラム州、ファース州、ブーシェフル州にかけて暮らす遊牧系部族で、一部は国境を超えたイラク中東部にもいます。

人口は推定200万人。

そのうちイラクのルリは6万3000人と言われています。

7世紀にシリアから移り住んだとする説があるものの、一般にはこの地域土着の部族であると考えられており、クルドと密接な関係があるとされています。

ルリ(ルル)の名は10世紀の書物に初めて登場することから、その頃クルドから分かれたのではないかと言われます。

なお、ルリは森を意味する「レル」もしくは「リル」に由来するとする説があります。

 

【歴史】

ルリの居住する地域には中期旧石器時代から人が住んでいた痕跡が見つかっていますが、ルリは紀元前22世紀頃にこの地を支配したエラム人の末裔であると考えられています。

エラム人は前1155年にバビロニアのカッシ-ト人を滅ぼして最盛期を築くものの、前639年頃メソポタミア北部に興ったアッシリア王国によって滅ぼされました。

それからササン朝期までの記録はほとんどありませんが、7世紀にアラブ人がイラン高原に侵攻すると、他の部族同様ルリもその支配下に入ることになります。

932年、ファース地方にブワイフ朝が興り、946年にはアッバス朝のカリフからイラン・イラクの統治を奪いました。

この頃には既にルリの暮らす地域は「ルリスタン」(ルリの国)と呼ばれるようになっていたと言われます。

ルリスタンで出土した青銅製の槍(前10世紀頃)

その後、ルリスタンは小ルリ=現在のルリスタン州とイラム州を中心とする地域と、大ルリ=チャハルマハル・バクチアリ州、クーフギール・アフマド州を中心とする二つに分断されました。

11世紀に入りイラン高原がセルジュク朝の支配下に入り、12世紀にはトルクメン人がクーフギールに入植するも、大ルリ、小ルリはともに居住地域における勢力を維持し続け、1155年には大ルリがホルシディ朝(アタベガーニ・ルリスタン)を興します。

ホルシディ朝は1184年に小ルリを支配下に置き、ディズ川からシラーズに至る広大な地域を支配しますが、1423年にティムールにより滅ぼされました。

ホルシディ朝の崩壊は大ルリの結束と繁栄を終わらせ、かつての領土は群雄割拠の時代へと移ります。

ルリスタン

1501年にティムール朝を倒してサファヴィー朝が成立すると、大ルリは北部のバクチアリ、中部のクーフギール、南部のママサニの三つに分割されました。

サファヴィー朝は王朝の成立に貢献したアフシャルのハーンにクーフギールの統治権を与えましたが、たび重なるルリの反抗により、統治権を放棄します。

一方の小ルリはホラマバードを拠点にサファヴィー朝に対しては服従の姿勢を示していました。

小ルリのシャー・バルディ・ハーンはサファヴィー朝の往生を妃に迎え、姉妹をサファヴィー朝第5代君主アッバス1世に嫁がせます。

そして、ホルシディ朝の君主アタベグの末裔と婚姻関係にあったホセイン・ハーンはアッバス1世からアタベグの後継者として認められ、1596年に地方自治政権であるワリ朝を興しました。

ワリ朝はその後1929年まで続きます。

1722年、アフガン人がイラン高原に侵攻すると、サファヴィー朝は小ルリのアリー・マルダン・ハーンを総司令官に任命して防戦するも、敗れて消滅しました。

1736年にアフシャル出身のナーディル・シャーがアフシャル朝を樹立。

ナーディル・シャーは小ルリとバクチアリに攻撃を仕掛け、数名の族長を処刑するとともに数千人のバクチアリをホラサン地方に追放しました。

ナーディルの死後、小ルリに属するザンド族のカリム・ハーンはアフシャル朝を倒してザンド朝を興します。

シラーズを都に定めると小ルリの数千の家族をシラーズに移住させました。

カリム・ハーン・ザンド(1750~1779年)

トルコ系遊牧部族のカジャール族によってザンド朝が倒されると、ファースのルリはイラン中央部に追放され、クーフギールとママサニはファースに併合。

小ルリはルリスタンとポシュト・クーとに分けられ、ルリスタンは中央政府の直轄地となります。

カジャール朝への服従を拒んだルリのハーンたちは処刑されますが、それでも抵抗は収まらず、1896年にナセル・ウディン・シャーが暗殺されると、カジャール朝はルリスタンに対する支配権を失いました。

1925年に興ったパフラヴィー朝のレザー・シャーは中央集権を目指し、それに抵抗するルリを弾圧しました。

小ルリの自治政府であったワリ朝はイラン国軍との戦いによって崩壊。

武装解除された後、指導者たちは投獄されるか遠島に処され、いくつかの部族は強制移住させられました。

イラムとルリスタンは軍の統治下におかれ、伝統衣装とブラック・テントの使用さえも非合法化。

これによりルリのアイデンティティは著しく損なわれました。

 

【組織】

ルリは部族(イル)の連合体で、各部族はいくつかの支族(オウラッド)により構成されています。

支族は更に複数の一族によって構成されており、ピラミッド型の階層社会が存在しています。

各部支族は世襲制の族長(ハーン)により統治されていて、族長は配下の一族に土地や家畜を貸し出す見返りに、年貢を得ます。

 

【生活形態】

約半分が牧畜を営む半遊牧民であると言われます。

夏の間は遊牧生活を送り、10月から4月にかけては低地の牧草地にある住居で暮らします。

定住化が進んでおり、定住民は農業を営む者が大半。

主な作物は大麦と小麦です。

ルリの遊牧民

 

【言語】

ハマダン州、ルリスタン州北部に居住するルリはペルシャ語の方言であるルリ語を話しますが、ルリスタン州南部及びチャハルマハル・バクチアリ州、クーヘギール・ブーエル・アフマド州、フゼスタン州、イラム州、ファース州、ブーシェフル州のルリはクルド語に似たラキ語を話します。

 

【絨毯】

ルリ絨毯が集積される町は主に三つあります。

ホラマバード:

ホラマバードはルリスタン州の州都で、住民の大半がルリ。

ホラマバードで集積されるルリ絨毯はボテなどの複雑なオールオーバー・デザインが多く、やや控えめな配色が特徴です。

ベフベハン:

ベフベハンはフゼスタン州南東部、ルリスタン州との州境近くにある町。

ベフベハンに集積されるルリ絨毯の多くはジオメトリックなメダリオンを配したデザインが特徴。

縦横糸には木綿が使用されたものもあります。

シラーズ:

 

ギャッベ:

ルリもカシュガイ同様、ギャッベと呼ばれる普段使いに供する敷物を製作しています。

ルリが伝統として製作してきたギャッベは、現在「ルリ・バフト」として売られているギャッベとはまったくの別物です。

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