ペルシャ絨毯買付紀行

お客様から「イランでのペルシャ絨毯の買付風景を見てみたい」とよく言われます。

買付は移動も含めて一週間ほどのハードスケジュールであるため、なかなか写真を撮る余裕がありません。

先日、弊社Facebookページに投稿した記事があったことを思い出し、それを修正加筆して本ブログに掲載することにしました。

このときはホームページ(旧ホームページ)用の写真撮影も目的だったので、面白い写真もあるかと思います。

2016年6月の少し前の記事ですが、ぜひご覧ください。

 

【第1日】

トルコ航空を利用し、イスタンブール経由でテヘランに向かいました。

関西国際空港からイスタンブールのアタチュルク国際空港まで約12時間。

約5時間のトランジットののち、さらにテヘランのイマーム・ホメイニ国際空港まで約3時間。

まる一日かけての長旅です。

ユナイテッド航空のマイレージが結構溜っていたので、今回は同じスターアライアンスに所属するトルコ航空のビジネス・クラスに特典航空券(いわゆるタダ券…苦笑)で搭乗しました。

同じ飛行機でもいつものエコノミークラスとは別の乗物のようです。

トルコ航空のビジネスクラスには白衣のコックさんが乗っていて食事を出してくれました。

 

 

【第2日】

早朝、イスタンブールのアタチュルク国際空港に到着。

今回はビジネスクラスなのでラウンジを利用できます、エッヘン!

 

 

イスタンブールから3時間半、間もなくテヘランのイマーム・ホメイニ国際空港に着陸です。

眼下に広がるのは不毛の砂漠。

これぞイランです!

 

 

空港施設は写真撮影厳禁。

もし見つかればシャレにならないので空港内の画像はありません。

長い入国審査からようやく開放され、フルーリア・イラン事務所があるイスファハンに向かいます。

いつも料金の安い長距離バスを利用しているのですが、今回は荷物が多いので白タクを使うことにしました。

 

 

イスファハンまでは約5時間の道のり。

途中、デリジャンの村で休憩です。

デリジャンといえば十年ほど前、クムの絨毯商に「サクランボは日本では高いからなかなか食べられない」と言ったら、この町にある彼の別荘に連れて行ってくれて、庭になっているサクランボをバケツ3杯分とらせてもらったことがありました(笑)。

 

 

再び砂漠地帯をひた走ります。6月なので外気温は40度以上あります。

エアコンがまったく効きません。

このあと、乗車している白タクがスピード違反で捕まりました。

運ちゃんがすごく落ち込んでいるので、可哀そうになって罰金を払ってあげることに。

結局、高くついてしまいました……。

 

 

ようやくイスファハンに到着。

緑を見るとホッとします。

 

 

フルーリア・イラン事務所に到着しました。

事務所はバザールに近いバゾルグ・ミハ地区にあります。

辺りは閑静な住宅街です。

 

ゆっくり休みたいところですが、頑張って現地スタッフに集めてもらった商品を一枚ずつ広げてチェックします。

 

 

夕食後、現地スタッフの甥っ子が遊びにきました。

6月ですが夏休みだそうです。

イランでは空手が人気のようで、形(かた)を披露してくれました。

 

【第3日】

朝食後、事務所から「サバーリ」とよばれる乗合タクシーを乗り継いでバザールへ。

サバーリは決まったルートを走っているので、手を挙げて止め、目的地を確認してから乗り込みます。

とても安いので慣れてしまえば結構便利。

30分ほどでバザールに到着しました。

6月のイスファハンは午前中から猛暑です……。

 

 

イスファハンのバザールは世界遺産のメイダーネ・イマーム(イマーム広場)に隣接しています。

メイダーネ・イマームはイラン革命まではメイダーネ・シャー(王の広場)とよばれていました。

この広場は更にナグシェ・ジャハーンともよばれますが、これは「世界の図」の意。

カズビンからイスファハンへ遷都を行ったサファヴィー朝第5代君主アッバス1世は、ここを世界一の広場にすべく莫大な費用と最高の技術とを結集しました。

1598年に始まった工事はその後何十年と続き、アッバス1世は完成を見ることなくこの世を去っています。

完成後はサファヴィー朝の政治、経済、信仰の中心となりましたが、1722年にサファヴィー朝が滅亡すると凋落し、19世紀には砂漠の中の巨大廃墟と化していました。

ゲイサリーイェ門をくぐるとバザーレ・ゲイサリーイェに入ります。

 

 

バザーレ・ゲイサリーイェには工芸品店や絨毯店が並びます。

バザール内は業種ごとに分かれています。

 

絨毯バザールはバザーレ・ゲイサリーイェと更に奥のバザーレ・ボゾルグ(大バザール)とよばれる地区にあります。

早速、絨毯バザール内を見て回りました。

それにしても歩いている人が少なくなってしまったな……。

 

 

100平米のナイン絨毯(ノーラー)を発見。

もちろん買いませんでした(笑)。

イスファハンの絨毯バザールにはナイン産やメイメ産、ジヨーシャガン産、バクチアリ産、ヤラメ産など、近くの町や村で産出される絨毯が集まります。

ちなみに、ナインのハビビアンの店もイスファハンにあります。

 

カゼミ工房で絨毯の下絵を見せてもらいました。

 

 

糸、糸、糸……。

 

 

この日に買付た逸品の一部。

 

 

ペルシャ絨毯の価格が高騰したことにより、イスファハンを訪れる外国人バイヤーが激減してしまいました。

そのため、絨毯バザールでは午前中しか営業しない店がほとんどです。

午後からはカゼミ工房のグランド・マスターであるユースフ・カゼミ氏の別荘にお邪魔しました。

日本の絨毯商は貧乏ですが、イランの絨毯商は皆お金持ち……羨ましい。

 

 

庭は果樹園になっていて、スモモやサクランボ、桑の実がいっぱいです。

イランでは果樹園を持つことはステータスで、大きな庭のある家には様々な果物が栽培されています。

 

 

ユースフ・カゼミ氏の別荘の庭で寛いでいると、猫が遊びにきました。

イスラム教では犬は汚れた動物とされているため飼う人はあまりいないのですが、猫はムハンマド(モハメット)が可愛がっていたこともあり人気があります。

 

 

事務所への帰路。

これでよく落ちないものです……。

 

何のお店だと思いますか?

実はこれ、イランの墓屋さんです。

黒い板は地面に水平に置きます。

 

【第4日】

翌日もまずはバザールへ。

こちらは現在リニューアル中のサブズ広場です。

 

 

イスファハンでもっとも高いマスジェデ・アリーのミナレットです。

セルジュク朝第3代スルタンであったマリク・シャー1世(在位1072年〜1092年)が、狩りの最中、誤って殺してしまった子供の慰霊のために建てたものといわれています。

 

 

カジャール朝期に建てられた邸宅。

イスファハンにはこうした古い建物が多く残っています。

街全体が博物館のよう。

 

今日はバザーレ・ボゾルグ側から入ります。

入り口は17世紀のままです。

 

バザーレ・ボゾルグは細い小道が連なっています。

大半はサファヴィー朝期に造られたものですが、一部はアッバス朝の時代に建てられたと言われており、イランで最も古いバザールの一つとのこと。

修理工房の集まる場所がこの一角にあります。

 

 

イスファハンで一番と言われる修理工房です。

かのセーラフィアンやハビビアンも、この工房に修理を依頼しています。

兄弟で45年間、修理を手掛けてきたそうです。

 

 

イスファハンで一番の職人にかかると、傷んだフリンジもこのとおり!

 

 

日本から持参したアンティーク絨毯の修理を依頼し、この日の予定を消化。

 

 

イスファハンは条例で高層建築物を建てることを禁止しているので、街はスッキリとした印象です。それにしても暑い……。

 

 

夜、涼しくなってからシオセ・ポルまで散歩。

夕涼みに訪れた家族連れでいっぱいです。

シオセ・ポルはイスファハンの中心部を流れるザーヤンデ川に架かる全長300mの石橋で、1602年に完成しました。

シオセはペルシャ語で「33」、ポルは「橋」の意。

上部のアーチが33あることからこの名が付いています。

以前はこの橋の袂にとても雰囲気のよいチャイハネ(茶屋)があったのですが、15年ぐらい前になくなってしまいました。

6月のザーヤンデ川は完全に干上がっています。

川が水を湛えているのは一年を通じて3か月ほどです。

 

 

「バッガリー」というイランのコンビニ……というより、よろず屋です。

昔は日本にもありましたね。

乾燥しているので、とにかく喉が渇きます。

ペプシ(コーラ)を買って一気飲み!

 

【第5日】

暑さと疲れでバテ気味だったのでこの日は仕入れを休み、イスファハンから100キロほど南にあるシャーレザに遊びに行きました。

町はこじんまりとしていて郊外には田園風景が広がっています。

弊社イラン人スタッフの知人宅で寛ぎました。

 

 

庭にはブドウやザクロ、クルミや桑の実がたくさんなっていました。

「好きなだけ食べてくれ」と言われましたが、そうそう食べられるものでもありません(笑)。

それにしてもシャーレザは実にのどかで、よいところです。

 

 

バスケット・ボールではありません。

ハルボゼ・ジャポニーとよばれるメロンの一種ですが、直訳すると「日本のメロン」。

日本にこんなのありましたっけ?

 

 

シャーレザからイスファハンへの帰路。

どこを見ても同じ風景です。

日が暮れかけてきました……。

 

 

イスファハンに着く頃にはすっかり日が暮れていました。

ちょうどラマダンの最中だったので、夜になってもモスクには人が多いです。

この夜は熟睡……。

 

【第6日】

イスファハンでの最終日。

午前は絨毯バザールで買付です。

前々日に依頼していた品物を見にゆきます。

 

 

本日の戦果。

 

 

午後、イスファハン郊外の絨毯商の別荘に招待されました。

日本の田舎の家といった感じですね。

懐かしさを感じます……。

 

 

天麩羅ではありません。

イスファハンにしかない紅茶用の砂糖です。

蜂蜜を混ぜてあるので少し黄みを帯びています。

 

 

帰路、羊の群れに遭遇!

 

 

before→after

 

 

こんなのは序の口で、小型自動車の7人乗りやバイクの5人乗りも見たことがあります。

ちなみに、交通事故による死者が世界でもっとも多いのはイランだそうです。

 

【第7日】

日付が変わった頃、夜行バスでテヘランに向かいました。

大都市へは深夜・早朝でも便があります。

イスファハンからテヘランへはVIPバスで600円ほどですが、ボルボ社製の大型車両なので快適。

トイレは付いていませんが、日本の長距離バスより座席も広くてゆったりしています。

乗車したバスの運転手は珍しく30歳代と思しき知的な感じの女性でしたが、見た目とは裏腹にこれがけっこうな飛ばし屋。

もう飛ばす、飛ばす!

テヘランまで普通なら5時間半はかかるところ、4時間半で着いてしまいました。

 

実はテヘランへ向かう途中、体調が悪くなってしまいました。

到着後すぐにバザールに向かう予定でしたが、それどころではなく急遽ホテルを探すことに。

タクシーですぐに入れるホテルを探し回りアーリー・チェックインしました。

外国人の多いタレガニ地区のホテルには、従業員のレベルが低いところもあります。

四つ星でも「ホテル・マシャド」などは最悪ですから、絶対に泊まらないでください。

なおテヘラン市内のホテルは宿泊費が高騰し、いまでは東京と変わりません。

この三ツ星ホテルは一泊約7500円でした。

 

ホテルで少し休んだ後、メトロに乗ってバザールへと向かいました。

ホテル最寄りのタレガニ駅から絨毯バザールのあるハイヤーム駅までは乗換なしで15分ほど。

ハイヤーム駅を出ると目の前が絨毯バザールです。

ハイヤーム通りに面した知人の店でチャイを飲んで出陣。

いつもガイドしてくれる知人が旅行中のため、今回は一人で買付をします。

 

絨毯バザール内の風景です。

 

 

買付商品の一部です。

 

 

バザールから、フェルドーシー通りにあるICC(Iran Carpet Company=イラン絨毯公社)の直営店へ向かいました。

この建物は1935年に建てられたものです。

 

 

ICCが製作したイスファハン産とカシャーン産です。

ICCの作品の中でもイスファハン産とカシャーン産の高級品はきわめて数が少なく、とても貴重。

専属デザイナーによるユニークな意匠と、総草木染によるカラーリングが実に美しい逸品です。

 

 

【第8日】

体調の悪さが極限に達してしまったため、翌日は仕事を諦めホテルで寝ていました。

血尿が止まらず最悪です……。

病院に行こうにも金曜日で休みのところが多いので、我慢することにしました。

 

テレビを見ても、宗教番組や学芸会なみのオーバーアクションのドラマばかりで、まったく面白くありません……。

 

 

【第9日】

二日間ホテルで寝て過ごしましたが、ホテルの従業員が親切だったことだけは救いでした。

タクシーで空港に向かい、イスタンブール経由で日本への帰路につきました。

これはイスタンブールのアタチュルク国際空港内の風景ですが、3日後、この場所で自爆テロが発生しました!!!

 

 

6月28日に発生したこの自爆テロでは犯人を含む48人が死亡、238人が負傷しました。

実行犯の3人はISIL(イラク・シリア・イスラム国)が首都とするラッカからトルコに入国したロシア人、ウズベキスタン人、キルギス人で、うち二人はまさに上の写真の場所(手荷物検査場付近)で自動小銃を乱射。

その後、上着に仕込んだ爆発物を発火させ自爆したとのことです。

亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申しあげます。

 

【イラン買付紀行】はいかがだったでしょうか?

このたびのイラン買付出張は現地で病気が悪化し、散々な結果になってしまいました。

帰国後は、診察→検査→精密検査→入院→手術と、3ヶ月ほどまともに仕事ができない状態でしたが、お陰様でかなり回復し、いまは元気にやっております。

これに懲りずイランには足を運ぶつもりですので、今後ともよろしくお願いいたします!

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