宮廷工房2

アッバス1世(在位:1588〜1629年)の時代に製作されたペルシャ絨毯としては「花瓶文様絨毯」や「ポロネーズ絨毯」「サングスコ絨毯」が代表格と言えるでしょう。

アッバス1世(1571~1629年)

花瓶文様絨毯(ベース・カーペット)は花瓶とパルメット、ロゼットを斜格子状に繋いだ一連の作品で、今日、断片をも含めて50枚ほどが現存しているとされます。

とりわけビクトリア・アンド・アルバート美術館が所蔵する有名な一枚は、詩人・デザイナー・社会主義運動家でペルシャ絨毯についての造詣も深かったウィリアム・モリスが所蔵していたもの。

1897年にビクトリア・アンド・アルバートの前身であるサウス・ケンジントン美術館がモリスからこれを譲り受けるのですが、彼はその扱いに困り、自宅の壁から壁へと天蓋の如く吊るしていたと言われます。

花瓶文様絨毯(ビクトリア・アンド・アルバート美術館蔵)

産地についてはケルマンとする説やジョーシャガンとする説があるものの、いずれも決定打を欠いていて定かではありません。

すべての花瓶文様絨毯は、細い2本の糸と太い1本の糸を横糸に使用したトリプル・ウェフトで製作されており、構造上の大きな特徴になっています。

同上(部分)

続いてポロネーズ絨毯ですが、こちらは金銀糸のキリム(綴織)と絹のパイル織とを組み合わせた装飾性の高い一連の作品で、イスファハンもしくはカシャーンの宮廷所縁の工房で製作されたとするのが定説。

「ポーランド絨毯」とも呼ばれるこれらの絨毯は230枚ほどが現存していると言われ、そのうちの一枚は京都の南観音山保存会が所有しています(後述)。

ポロネーズ絨毯(レジデンツ博物館蔵)

ポーランドで製作されたものと信じられてきたのが名の由来で、そうした誤解を生んだのは同国にはキリム織りの伝統があることに加え、ポーランドの王侯貴族の紋章が織り出されていた幾枚かが存在していたからでした。

ウィーン万博のポーランド館に展示された際にも、それに疑念を抱く者はいなかったと伝えられますが、のちにポーランド王ジグムント3世が娘アンナの嫁入り道具とするため1601/02年にサファヴィー朝ペルシャに注文したことを示す記録が見つかり、イラン製であることが判明したのです。

同上(部分)

そして、サングスコ絨毯。 こちらはリトアニアのパウエル・キャロール・サングスコ・ルバートウィックス王子(1682〜1752年)の旧蔵品をはじめとする一連の作品で、その名は王子の名に由来したものです。

十数枚が現存すると言われるサングスコ絨毯はケルマンで製作されたものと言われてきました。

しかし、後述する鳥獣文様キリムと共通する文様が多く、また首都であるイスファハンから遠く離れたケルマンに宮廷直営の工房があったとは考えにくいとして、産地をイスファハンもしくはカシャーンとする説もあります。

サングスコ絨毯(ミホ・ミュージアム蔵)

産地についてはともかく、その傑作とされる一枚は1995年に宗教法人の神慈秀明会が約10億円で購入し、滋賀県甲賀市のミホ・ミュージアムに収蔵しました。

この絨毯は製作されてからの経緯は明らかでないものの、やがてオスマン帝室の所有となり、その後戦利品としてサングスコ家のものとなったと伝えられます。

米国ペルシャ美術考古学研究所長アーサー・ウブハム・ポープの仲介により、1954年からはニューヨークのメトロポリタン美術館に展示されていました。

同上(部分)

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