日本に渡ったペルシャ絨毯

わが国にペルシャ絨毯が伝わったのは17世紀から18世紀、ポルトガル・スペインあるいはオランダ東インド会社との海上貿易によったとされています。

当時「毛氈」(もうせん)とよばれた絨毯は、長崎・平戸の商人から幾人かの手を経て将軍や大名への献上品などとして使われることになるのですが、『平戸オランダ商館の日記』におそらくポロネーズ絨毯であろうものについての記述はあるものの、詳しくは触れられていません。

 

『平戸オランダ商館の日記』と復元されたオランダ商館内部

京都市東山区の鷲峰山高台寺に豊臣秀吉が所用していたと伝えられる陣羽織が現存しています。

これは絨毯ではなく綴織のキリムを加工したものですが、このキリムにはウールではなく金糸や銀糸が使用されていることから、ポロネーズ絨毯同様、16世紀後半から17世紀初頭にイスファハンあるいはカシャーンの宮廷所縁の工房で製作されたものと推測されます。

同時期にペルシャの宮廷所縁の工房で製作されたとされるキリムは世界に数枚が現存するのみで、この陣羽織のキリムはルガノ(スイス)のティッセン・ボルネミッサ財団の所蔵品に酷似していることから、同じ工房で製作されたとの見方もあります。

米国ペルシャ美術考古学研究所長のアーサー・ウブハム・ポープは、滋賀県のミホ・ミュージアムが所蔵するサングスコ絨毯についても同じ工房で製作されたものと見解しました。

ちなみ高台寺は秀吉の菩提を弔うために北政所が建立した寺院で、秀吉の伝世品が多く収 められていることで知られています。

 

豊臣秀吉の陣羽織(高台寺蔵)と鳥獣文様キリム(ティッセン・ボルネミッサ財団蔵)

祇園祭の南観音山の前懸として使われているのは17世紀中期に製作されたとみられるポロネーズ絨毯です。

これらわが国に渡来したペルシャ絨毯のいくつかは、やがて山鉾の懸装品(かけそうひん)として使用されてきました。

懸装品とされた絨毯にはポロネーズ絨毯以外にも、18世紀中頃にわが国に渡来したペルシャ絨毯と推定されるものがいくつもあったのですが、それらの多くは実はムガール朝インドのデカン地方で製作された絨毯であることが近年の研究で明らかになっています。

これらの絨毯は保存状態を維持するため、2014年に山形のオリエンタルカーペット株式会社が製作した複製品と交換されました。

似た類の絨毯は徳川家の伝世品をいまに伝える徳川美術館にも収蔵されています。

 

南観音山と前掛のポロネーズ絨毯(南観音山保存会蔵)

もはやサファヴィー朝期に製作されたペルシャ絨毯の名品は市場に出回ることがないと言われ、その断片でさえ入手が困難となっているのが現状です。

前述したサングスコ絨毯をはじめ、貴重なサファヴィー絨毯の数々が日本国内に存在するのは研究家や収集家にとってはもちろん、一般の人たちにとっても実に幸いなことと言えるのではないでしょうか。

 

サファヴィー朝期のペルシャ絨毯断片(フルーリア蔵)

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