マンチェスター・カシャーン

古川宣譽の『波斯紀行』の絨毯産地にタブリーズやカシャーン、イスファハンの名は登場しません。

また、吉田正春の『回疆探検 波斯之旅』にはイスファハンのバザールで目にした絨毯についての記述はあるものの、その製法は原始的な水平型織機を用いた部族民のものです。

タブリーズについては距離的に近いクルディスタンと一括りされたものと考えられますが、イスファハンやカシャーンについては、これらの町のでは絨毯産業がまだ復興していなかったからでしょう。

 

吉田正春と『回彊探検 波斯之旅』(フルーリア蔵)

ところでカシャーンにおいて絨毯産業が復興する経緯については、ある一つの伝説があります。

その自然環境の過酷さから農作に不向きであったカシャーンの人たちは古来、手工芸を生業としてきました。

それゆえサファヴィー朝の滅亡以降、基幹産業を失ったカシャーンの町は衰退し荒れ果てていたと言います。

そんなとき、暮らしに困ったある人物が英国マンチェスターの商人から購入したまま倉庫に眠っている輸入品のメリノ・ウールで絨毯を製作することを発案。

アラクより嫁いできた妻に織らせたものが、いわゆる「マンチェスター・カシャーン」の先駆けとなり、カシャーンにおける絨毯産業の復興を牽引したというものです。

マンチェスター・カシャーン

このある人物こそがハジ・モラー・モフタシャンだというのですが、今日モフタシャン作とされている作品とマンチェスター・カシャーンとは明らかに別物であるため、この説に疑問を抱く者は多いのが実際。

モフタシャンは「もっとも高貴な」を意味する称号であるとか、ボーダー近くまで配されたメダリオンとペンダントに、ややジオメトリックな唐草文様で、このデザインをモフタシャンとよぶとする者もいます。

フェラハン・サルークから影響を受けたと思われるそのデザインは20世紀に入ると大きな変化を見せるのですが、それを二代目へと代替わりしたためと唱える人たちも。

モフタシャン・カシャーンにはウール絨毯とシルク絨毯の両方があります。

かくも議論をよぶのは当時の記録がまったく残されていないため。

ペルシャ絨毯については、たかだか100年ほど前のことであっても明らかにされていないことがたくさんあるのです。

 

モフタシャン・カシャーン

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