ペルシャ絨毯の最高傑作

おそらく世界中でもっとも有名で、なおかつ最高傑作と称されるのがビクトリア・アルバート美術館とロサンゼルス郡立美術館(以下LACMAと記述)が所属する「アルデビル絨毯」でしょう。

こちらはイスラム暦946年(西暦1539/40年)にマクスド・カシャーニが製作した約60平米の大作。

パイルに毛、縦横糸に絹を使用したこの絨毯の産地はタブリーズと言われます。

アルデビル絨毯

しかしタブリーズはこの絨毯が製作された年には既にオスマン・トルコに占領されていることから、タブリーズ説に異議を唱える者は多いのが実際。

作者マクスドの姓が「カシャーンの人」を表すあるカシャーニであることをして、カシャーンで製作されたとする説もありますが、これとて推測に過ぎません。

アルデビル絨毯はのちにサファヴィー朝を興すこととなる神秘教団の始祖、シェイフ・サフィ・エッディンの霊廟に納められていたものですが、アルデビル絨毯の名はこの廟があるアルデビルの地名に由来したものです。

シェイフ・サフィ・ウッディン廟

なおアルデビル絨毯が二枚存在するのは、この絨毯がペアで製作されたから。

霊廟の改修費を捻出するため売りに出されたペアの絨毯を購入したのは、当時イランに進出していた英国の貿易商ジーグラー商会でした。

1890年にジーグラー商会が入手した際、2枚の絨毯は何れも大きな損傷が認められる状態にあったと言います。

ロンドンの美術商ヴィンセント・ロビンソンがそれらを買い取り、個々の傷みのない部分を縫合して完全な一枚にしたのちサウス・ケンジントン美術館(のちのビクトリア・アルバート美術館)に売却を打診。

資金がないとして購入に消極的な美術館を説得するため、自ら浄財を集めて回ったのが芸術家のウィリアム・モリスでした。

1893年、サウス・ケンジントン美術館は2,500ポンドでアルデビル絨毯を購入します。

 

ウィリアム・モリス(1834~1896年)とジャン・ポール・ゲティ(1892~1976年)

ヴィンセント・ロビンソンは残された断片を繋ぎ合わせて鑑賞に耐えられる形にしたのち、米国の収集家クラレンス・マッケイに売却。

その後、幾人かの収集家の手を経て1931年にロンドンで売りに出されたもう一枚のアルデビル絨毯は、57,000ドルで美術商のドヴィン卿の所有となります。

ドヴィン卿はエジプト王ファルーク1世が、イランのモハンマド・レザー皇太子(のちのモハンマド・レザー・シャー)に嫁ぐ妹ファウズィーヤの嫁入り道具にしたいとのオファーを断ったとまで噂されましたが、1938年にパリの展示会に出展されているのを見た米国の石油王ジャン・ポール・ゲティのオファーを受け70,000ドル弱で譲渡。

ゲティは、かねてから所有していた戴冠式絨毯(後述)とともにロサンゼルス郡立美術館に寄贈したのでした。

 

ビクトリア・アルバート美術館とロサンゼルス郡立美術館のアルデビル絨毯展示室

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