書物や細密画の中のペルシャ絨毯

イラン高原においても、パジリク絨毯やバシャダル絨毯が製作された頃から既にパイル絨毯が製作されてきたのは間違いなさそうです。

しかし現存するものがない以上、その姿については遺された書物や細密画から想像するしかありません。

クテシフォンの遺跡

アッバス朝期のイスラム法学者であったアブー・ジャーファル・タバリーが著した『諸使徒と諸王の歴史』には、ササン朝の都クテシフォンの王宮に敷かれていた絨毯についての記述があります。

「ホスローの春」あるいは「バハレスタン」(ペルシャ語で「春の国」の意)とよばれるその絨毯は、ササン朝の最盛期を築いた第21代君主ホスロー1世の治世下において製作されたもので、四季をテーマに製作された4枚のうちの1枚とされます。

 

アブー・ジャーファル・タバリー(838~923年)と『諸使徒と諸王の歴史』写本の挿絵(14世紀頃)

それによれば、この絨毯は縦140メートル、横27メートルの巨大なサイズ。

絹の地に金糸や銀糸、様々な宝石を用い花々が咲き乱れる春の景色が織り出されていたといいます。

『諸使徒と諸王の歴史』は内容の正確さと詳細さで知られていますが、この絨毯がどのような構造であったかについては明らかにされていません。

可能性としては綴織のキリムに宝石・貴石を縫い付けたもの、パイル織であれば綴織を組み合わせたポロネーズ絨毯と同じ「スフ」の地に宝石を縫い付けたものなどが考えられます。

スター・ラティス・カーペット

2009年にカタールで開催されたサザビーズのオークションに出品され550万ドルで落札された「スター・ラティス・カーペット」は、メディナの預言者のモスクへの供物としてインド中西部バローダのマハラジャの命により1860年から5年の歳月をかけて製作されたもので、100万個以上の天然のバスラ真珠のケシ(小さな真珠)にダイヤモンド、エメラルド、サファイア、ルビーが縫い付けられていました。

もしかしたら、このようなものであったのでしょうか。

ただし、タバリーにせよ伝承に基づいて記述しているにすぎず、ホスローの春が実在したことを裏づける一次資料は存在しません。

ちなみにホスローの春は637年、イスラム軍の侵攻を受けササン朝の都クテシフォンが陥落した際、王宮の謁見室に乱入したアラブ人によりバラバラに切り刻まれて持ち去られと伝えられます。

15世紀前期の細密画(1436年)

その後イランにおいてはイルハン朝やティムール朝の時代、古来のビザンチン・ヘレニズム芸術に中国絵画の要素を取り入れたた細密画(ミニアチュール)が発達しました。

その中には多くの絨毯が描かれていて、遺物の存在しないこの時代のペルシャ絨毯を知る手がかりとなっています。

15世紀前半の細密画に描かれた絨毯は八角形や菱形を並べた総文様でボーダーにはクーフィー体の文字があり、15世紀の西洋絵画に登場するトルコ絨毯に類似したデザイン。

15世紀後半になると文様は曲線を帯びた流麗なものとなり、メダリオンを配したものも登場します。

ただし、これら細密画に登場する絨毯がどれだけ実物に忠実であるかはわかりません。

15世紀後期の細密画

お問い合わせ

ご質問・ご相談などがございましたら、
お電話やメールフォームよりお受けしています。
お気軽にお問い合わせください。

TEL
03-3304-0020